国木田独歩


 

「武蔵野」 新潮文庫

○武蔵野

最初に知ったのは手塚治虫の鉄腕アトムでだった。
もうそれは手元にないのだが、
ググってみたら”赤いネコ”という作品らしい。
自分の住んでいるところはそんな風光明媚な場所なのか!と驚いたものだ。
そう以前住み渡った武蔵境には、独歩通りや境山野公園、桜橋といった独歩所縁の地が多く在った。
だが独歩の語る”武蔵野”はもうない。
林と野とが斯くも能く入り乱れて、生活と自然とがこの様に密接して居る処
日本に他に何処にあるかと書き綴った武蔵野は、もうない。
当然のことだが、よって尚更この作品を読んで想いを馳せるのでしょう。
彼の歩いた夏の盛りの玉川上水に。店の障子に火影の映る、午前2時の甲州街道に。
清廉、静寂、郷愁。
独歩を読むと感じる物悲しさ。遣りきれない清々しさ。温かさ。
さあ雪が融けたらcannondaleを駆って武蔵野に出掛けようかな。でも注意!
八王子は決して武蔵野には入れられない
04.12.31


○鹿狩

この作品をなんと言おう。
浪漫主義。そう切って捨てるのは容易い。
「独歩は浪漫主義だよ。抒情的だよ。」ってどこにでも書いてありますもん。
読んでみることです。文庫でほんの13ページ。ただ読み急いではいけない。
ゆっくり、心が十二歳の”僕”に重なるのを待って。
冬の寒い夜の暗い番で、大空の星の数も読まるるばかりに鮮やかに、
舳で水を切てゆく先は波黒く島黒く、僕はこの晩のことを忘れることが出来ない

三十歳を越えた大人達に一人交じり、夜行、船で猟場を目指す。
敬愛する”叔父”の、一群で一番かっこ良いことを端っこで見ている”僕”。
夜明けと共に始まる鹿狩。
だがそれは至って静かである。二人きり、弁当を食べ鹿の近付くのをじっと待つ。
独酌で高鼾の”叔父”。やがて”僕”の眼瞼も重くなり、ふと気が付くと目の前に‥‥
全ての小節が、全ての会話が、形作る恍惚の光景。
もうこの文章に触れるだけで幸せです。
限りなく日常なんだけれども、ほんの少し注意深く観察するだけで。
そしてこれだけ言葉を操れれば‥
05.02.14

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